フィギペディア2014 『高橋大輔 栄光の軌跡』 (テレ朝チャンネル)

2014年版のフィギペディアに新作が2本登場しました。そのうちの1本は、前回感想をあげた「羽生結弦 王者への道」、そしてもう1本は、「高橋大輔 栄光の軌跡」です。二人の生い立ちから現在に至るまでをテレビ朝日の取材映像や演技映像を中心に足跡を振り返る・・・という、それぞれ約1時間の特集番組です。

私は、結弦くんの大ファンですが、高橋選手のファンではありません。2012年のニースワールドで、結弦くんのファンになるまで、フィギュアスケートは女子シングルしか観ないライトファンだったので、ニースワールドまで、高橋選手の演技は、バンクーバー五輪のものくらいしか、まともに観てはいませんでした。なので、こんな私が高橋選手の特集番組の感想を書くべきかどうか迷ったのですが、高橋選手・・・というより、一人のフィギュアスケーターの”競技者”の歴史として、興味深く観ることができた番組だったので、あえてあげることにしました。


<演技映像一覧>  ※ 編集なしで、すべてフルバージョンで流されています。

2005年(19歳)  GPファイナル(開催地/東京)  → 3位 
SP : ムーラン・ルージュ  /  FS : ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

2007年(21歳)  GPファイナル(開催地/トリノ)   
SP : 白鳥の湖 HIPHOPバージョン


2008年11月 右膝靭帯と半月板の手術 シーズン全休 

2009年(23歳)  GPファイナル(開催地/東京)   
SP : EYE  /  FS : 映画「道」より


2010年2月  バンクーバー五輪銅メダル    3月 世界選手権金メダル

2010年(24歳)  GPファイナル(開催地/北京)   
SP : エル・マンボ ある恋の物語

2012年(26歳)  国別対抗戦(開催地/東京)  → 団体優勝 
SP : イン・ザ・ガーデン・オブ・ソウルズ  /  FS : ブルース・フォー・クリック

2012年(26歳)  GPファイナル(開催地/ソチ)  → 優勝 
FS : 道化師  /  EX : ブエノスアイレスの四季

2013年(27歳)  GPS アメリカ大会 
FS : ビートルズメドレー



ゆづファンにとっての「王者への道」同様、この「栄光の軌跡」も、大輔ファンにとっては永久保存版でしょう。
ただ、番組の作り方はかなり違うと感じました。この「栄光の軌跡」は、特別に思い入れがない目線でみると、誤解を恐れずにいえば、一人のアスリートの盛衰の記録に見えるからです。

もし、高橋選手が、2010年の五輪銅、ワールド金を勝ち取ったときに引退していたら・・・おそらく、結弦くんの「王者への道」と同じような作りになっていたでしょう。19歳のときから、選手生命をも脅かす大けがを克服して、オリンピックで表彰台にあがり、ワールドチャンピオンにまで上りつめる・・・そこまでを追った番組だったなら。

彼の”戦績のピーク”は、五輪シーズンの2009-2010年です。でも、番組を観る限り、彼の”心技体そろった競技者としてのピーク”は、2011-2012年シーズンではないかと思います。技術と表現のバランスが一番いいのです。しかしその後・・・2012-2013年シーズン、2013-2014年シーズンと、ジャンプが衰え、競技者としては下り坂になっていくのがよくわかるのです。見方によっては、とても残酷な作り方になっているなと思いました。

とはいえ・・・それはあくまでも技術的なものであり、表現者として円熟期であることに変わりはありません。
ただ、ベテランの表現力をもってしても、技術が維持しきれなくなれば、この競技は戦えなくなっていく。
最後のビートルズメドレーの演技は、ファンではない私でも、ちょっとしんみりしてしまいました。
個人的な感想ですが、テレ朝、大輔ファンを泣かそう、泣かそうとしてるようにしか思えませんでした(笑)

結弦くんは平昌オリンピックで引退、その後プロスケーターになりたいと言っています。
彼は、自身のピークの時に、現役から身を引きたいと思っているのでしょう。
いかにも彼らしい美学だし、平昌での結果がどうあれ、そこで彼が引退する確率は高いと思います。
でも、万が一・・・彼が平昌以降も現役続行をしたら・・・天才の彼でも衰えを覚えるときはいつか、くる。
今の彼からは想像もできないけれど、それは避けて通ることのできないアスリートとしての宿命。
しんみりしてしまった理由のひとつは、結弦くんに重ね合わせてみてしまったからかもしれません。

結弦くんがいつか競技者としてリンクを去るとき・・・そこにどんな風景が待っているのでしょう。
もちろん、オリンピック二連覇・・・という輝かしい夢を、彼ならきっと見せてくれると信じています。
でもそんな先のことよりも、今、彼の演技の一分一秒をしっかり目に焼き付けていきたい。
”一人のスケーターの歴史”を描いた番組をみて、あらためてそんなことを感じさせられました。


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2014/10/30 14:20 | フィギュアスケート(2014-2015)COMMENT(3)TRACKBACK(0)  TOP

フィギペディア2014 『羽生結弦 王者への道』 (テレ朝チャンネル)

CSのテレ朝チャンネルの『フィギペディア2014 羽生結弦 王者への道』の感想をあげておきます。

この番組は、結弦くんが、ジュニアグランプリファイナルで優勝した14歳から、ソチ五輪で金メダルをとるまでの”オリンピックチャンピオン 羽生結弦の成長の記録”です。テレ朝の製作なので、演技映像はグランプリシリーズのものになります。そして、オフリンクの秘蔵映像もところどころに差し込まれていました。

<演技映像一覧>  ※ 編集なしで、すべてフルバージョンで流されています。

2009年(14歳)  JGPファイナル(開催地/東京)  → 優勝 
SP : 映画「ミッション・イン・ポッシブル2」より  /  FS : パガニーニの主題による狂詩曲


14歳にして、すでに3Aは装備しています。ショートはノーミス。フリーは、後半疲れからか3Aの転倒がありましたが、優勝。史上最年少で、ジュニアグランプリファイナルを制覇しました。このシーズンは、ジュニアワールドも制覇して2冠。すでに、天才の片鱗をみせています。そのまま、翌シーズンから、15歳という最速年齢でシニアに参戦。「シニアへのプレッシャーないか?」という質問に、彼はこう答えています。

プレッシャーはあまり嫌いじゃないので。それを力にして、応えられるようにしたい

15歳の頃からすでに、”プレッシャーはエネルギー”だったのね・・・ ゆづ、恐ろしい子!!(笑)


2010年(15歳)  GPS ロシア大会  → 7位(GPS初参戦)
SP : ホワイトレジェンド  /  FS : ツィゴイネルワイゼン


翌2011年3月11日の東日本大震災により、彼も被災者の一人になりました。「自分の周りの身近な人達が苦しんでいるのに、自分だけ好きなことをやっていてよいのか」・・・ある意味、いまだ彼を苦しめているサバイバル・ギルティの悩み。それでも、スケートを続けたい・・・という想いから、閉鎖された練習拠点にかわる練習場所を求めて、全国各地を転々とする日々。「1分1分、1本1本、本当に1秒でも氷に載っている時間を大事にしていきたい」・・・彼の人生観、スケートに対する心構えを、根底から変えた震災だったといえるでしょう。


2011年(16歳)  GPS ロシア大会  → 優勝(GPS初の表彰台)  
SP : 悲愴  /  FS : ロミオとジュリエット


四回転の失敗はありましたが、優勝。アイスショー60公演をこなした効果か、観客へのアピール力が増していますね。特に、「悲愴」には、以前にはなかった表現の奥深さ、凄みのようなものを感じました。とはいえ・・・このときの映像を観る限り、このわずか2年4か月後に彼がオリンピックチャンピオンになるとは誰も想像しなかったでしょう。彼の成長速度のすごさにあらためて驚かされます。

2012年、ワールド初出場で、表彰台にのぼった後、新たな練習拠点を求めて、カナダに渡りました。「新たな環境で、新たな考えを吸収しながら、スケーティングとかに繋げられたら・・・」という彼の想いは、すぐに結果となって現れました。その年のGPシリーズアメリカ大会で、ショートの世界歴代最高得点をたたき出したのです。


2012年(17歳)  GPS アメリカ大会  → 2位
SP : パリの散歩道 (当時のショート世界歴代最高得点 95.07)  リプレイ&キスクラ付


四回転なんて、簡単に飛んじゃいましたでしょ。四回転、難しいんですよ。あんなに簡単に飛んじゃいけないんですよ。それぐらいの見事さでした。お兄さんたち、みんな苦労してるのに、関係なくピョコッと飛んじゃいましたからね。完璧ですよ、何これ・・・って感じでね」と、佐野稔節全開の解説でした(笑)  今にして思えば、彼の金メダルへの道は、このアメリカ大会のショートから始まっていたのです。

そして、迎えた12月のグランプリファイナル。彼はソチ五輪の会場で18歳の誕生日を迎えました。
チョコレートケーキを頬張る結弦くんがきゃわわです(笑)

ソチ五輪の会場で、18歳になれたのはすごく嬉しいと思っていますし、縁起がいい

予言(?)どうり、とっても縁起のよい誕生日でした。でも、彼はいつも誕生日はファイナルなんですよね(笑)


2012年(18歳)  GPファイナル(開催地:ソチ)  → 2位(GPファイナル初の表彰台)
FS : ノートルダムドパリ


SPの失敗で出遅れた結弦くんは、惜しくも銀メダル。優勝を逃しました。番組では、触れられていませんが、このフリーが終わった後、会場で、オーサーに「ソチで金メダルをとりたい」という意思をはっきり告げたと言われています。五輪会場での悔しい思いのリベンジを、本番の五輪で・・・という決意が固まったのでしょうか。

そして、オリンピックシーズン、結弦くんの選んだプログラムは「ロミオとジュリエット」でした。
震災のあった4年間だったので、(このプログラムには)自分にとっては特別な思いがたくさんあります。見た人が、何か心が動くような演技をしたい


2013年(18歳)  GPファイナル(開催地:福岡)  →優勝(GPファイナル初制覇)
FS : ロミオとジュリエット(SP、FSともPBを更新)  リプレイ&キスクラ付
EX : Story  アンコール(パリ散)付


このソチで、優勝決定の日に、結弦くんは19歳の誕生日を迎えました。最高のプレゼントでしたね。


結弦くんは、元々天才的な才能の持ち主でしたが、トロントにいってから、スケーティング、スピンの速さ、そしてジャンプのシャープさ・・・などスキルが格段に進歩しましたね。1日に1時間しかリンクを使えない仙台から、練習環境が整ったクリケットに移ったことで、もって生まれた才能が一気に花開いた・・・ということでしょうか。

番組の最後の映像は、仙台の金メダル凱旋パレードでした。
番組の最初に、12歳の結弦くんの短いインタがあります。そこで彼はあどけない口調でこう答えています。

オリンピックで日本男子初の1位をとりたい

番組は、羽生結弦という一人の少年の、その大きな夢をかなえる軌跡を追ったものとなっています。
私は、2012年のニースワールドでファンになって、結弦くんを追いかけてきましたが、こうやって彼の歩んできた道を振り返ると、感無量ですね。テレ朝の番組なので、グランプリシリーズの映像になるのは当たり前なのですが、2012年のスケアメ、2013年のファイナルが、彼の金メダルへの道の大きなターニングポイントになったのは間違いないでしょう。オリンピック映像はありませんが、とてもよい作品になってると思います。

番組は、最後にこんな言葉で締めくくられていました。

羽生結弦が歩む王者への道。
世界を驚かせてきた日本の若者は、フィギュアスケートをどこまで進化させるのでしょうか。


彼の進化を、さらなる絶対王者への道を、ファンの一人としてしっかり見守っていきたいと思います♪


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2014/10/28 15:25 | フィギュアスケート(2014-2015)COMMENT(5)TRACKBACK(0)  TOP

羽生結弦ファースト写真集『YUZURU』 届きました♪

YUZURU 羽生結弦写真集 【初回入荷限定特典付】YUZURU 羽生結弦写真集 【初回入荷限定特典付】
(2014/10/24)
羽生 結弦

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今日、アマゾンから、『YUZURU』が届きました♪


yuzuru2yuzuru1


全130ページ。すべてすべて結弦くんで埋まっています(笑) 
上のアマゾンの画像が表紙ではあるのですが、それにブルーの結弦くんの画像の大判の帯が巻かれているという、ほぼダブルカバー仕様。そして、この帯の写真の結弦くんの表情がとっても素敵なのです。
表紙のあどけない笑顔もいい・・・でも、帯の結弦くんは、笑顔の彼とはまた違う魅力にあふれています。
ちょっぴり精悍で、男っぽい・・・少年から青年に脱皮した、戦う男の顏・・・ドキリとさせられます。

中の構成は、こんな感じです。

2007-2010シーズン(ジュニア~シニア1年目) : 7ページ
2011-2012シーズン(シニア2年目) : 19ページ
2012-2013シーズン(シニア3年目) : 22ページ
2013-2014シーズン(シニア4年目) : 54ページ
その他、凱旋パレード(2ページ)、NHK花が咲く(4ページ)、TOI(8ページ)、トロントにて(8ページ)など


試合の写真ももちろん素晴らしいのですが、練習のときやオフアイスの、リラックスした表情の写真がいいなと思いました。何気ない・・・それでいて最高に魅力的な”瞬間”を切り取った、能登さんのセンス、素晴らしい。

最初と最後に、結弦くんの手書き文字のメッセージもありました。

この7年間の写真を見て、自分自身が感じていたスケートが好きだという気持ちを再確認できました。

スケートが何より好き・・・という想いが、結弦くんをここまで輝かせているのだと、本当によくわかる写真集でした。そして・・・結弦くんのスケートを観ることができることが、どれほど幸せか、私も再確認したのでした(笑)


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2014/10/24 14:25 | フィギュアスケート(2014-2015)COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

羽生結弦選手についての萌え語り Part.27 ~最近の気になる情報まとめ その3~

「最近の気になる情報まとめ」・・・その3です。

ジャパン・オープンで来日したパトリック・チャンのインタビュー記事がスポーツナビに掲載されてました。
色々話してくれてますが、長いので、チャンが結弦くんについて語っている部分のみ抜粋します。

パトリック・チャンが語る羽生、高橋 来季の復帰に向けて充電中の元世界王者(スポーツナビ 2014.10.17)

「ユヅルは若いし、まだキャリアを始めたばかり。僕が彼の年齢(19歳)のころはバンクーバー五輪に出場していた。ユヅルは怖いもの知らずなのか重圧を感じていないように見える。いや、日本ではプレッシャーがすごいのかな。もし僕が彼の立場だったら耐えられないと思う」

今季を休養に充てるチャンは、いち観戦者として羽生の姿を追っていくようだ。

「五輪と世界選手権という2つの最高峰の大会で優勝して、これから彼がどうプレッシャーと付き合うかに注目している。彼は若くしてあっという間にトップに立った。今季のスケーティングが楽しみだよ。彼と競わず、ただその様子を見届けられるというのはいいことだね」

そう笑顔を見せるチャンが、競技生活に戻ってくるのは来季。復帰すれば、再び羽生の障壁となるのは間違いないだろう。


「金メダリスト 羽生結弦」を育てたのは、誰でもない、ライバルのパトリック・チャンでした。
もちろん、オーサーが一番の恩人ですし、チャンと結弦くんの2強で金メダル争いをしていたことを考えれば、もしチャンがいなかったら、もっと楽に金メダルをとれていたかもしれません。けれども、結弦くんは、自分の前に立ちはだかる壁が大きいほど、それを超えようと燃えるタイプ。チャンがいなかったら、彼があそこまでのレベルに到達するには、もう少し時間がかかったかもしれません。まさしく、チャンという存在が、結弦くんの成長の、最高の養成ギブスになっていたのは間違いないでしょう。

今シーズンは完全休養するチャンですが、来シーズンは戻ってくるようです。やはり、結弦くんの最大のライバルはチャンでしょう。チャンが復帰すたあかつきには、また二人のガチンコ対決が楽しみですね♪


10月18日のテレビ朝日の「ANN ニュース&スポーツ」に、町田選手のインタビューが流れました。
結弦くんのこと、今シーズンへの意気込みを語ってくれていました。

(今シーズンの二つのプログラムは)羽生選手に勝てるプログラムだと思います。
自分がちゃんとやればね(笑) 作品自体は羽生選手に勝てる作品です。あとは僕がどれだけやるか・・・。

(やっぱり羽生選手の存在は大きいですか?・・・という質問に)
昨シーズンの僕のスケートがあったのは、彼のスケートがあったから。
シニアデビューが一緒なんですよ、彼とは。5歳も下なんですけど。
しっかり彼に追いついて、彼にスキがあった際には、抜いてやろうと思います!

町田選手の今シーズンのテーマは、SPは「悲恋の極北」、FSは「シンフォニックスケーティングの極北」
極北とは、「物事が極限にまで達すること」。彼は、この言葉を大切にもって今シーズン臨みます。

(どうしてこの言葉を選んだのか?・・・という質問に)
僕も自分の表現をそこまで追求したいという強い想いがあっての言葉です。前進しなければ進歩もない。
20年間学んできたこと、僕にとっての「伝統」と、僕にとっての「革新」が融合してできた作品だと思う。


今年のワールドは、結弦くんと町田選手が白熱した優勝争いをし、結果、結弦くんの逆転優勝でした。
町田選手は、あと一歩のところで、ワールドチャンピオンの座をのがしました。
しかし、実は、結弦くんが町田選手の前に立ちふさがったのは、それが初めてではありません。
2008年の全日本ジュニア選手権で、SP1位だった町田選手はFSで結弦くんに逆転され、優勝を逃しました。
2011年の全日本選手権で、結弦くんは3位になり、ワールドに出場しましたが、このときの4位は町田選手。
このときも、SPで3位につけながら、結弦くんに逆転され、ワールド出場を逃したのです。

つまり・・・「ここぞ!」という勝負どころで、常に町田選手の行く手を阻んだのが結弦くんだったのです。
「スキがあれば、抜きたい」という言葉・・・これは町田選手の悲願なのかもしれません。

「あれほど美しいものは、これまでの人生で見たことがない」という結弦くんのプログラムにたいして、
「町田史上最高傑作の『エデンの東』を超え、羽生結弦にも勝てる」という町田選手のプログラム。

結弦くんを成長させたのは、チャンの存在。そして、町田選手を成長させたのは、結弦くんの存在。
まさに、良きライバル関係が選手を育てる・・・ということですね。


さて・・・11月1日から9日まで、仙台空港で「羽生結弦 氷上の飛翔展」が開催されます。写真だけでなく、大会で使用した衣装も展示されるもので、「仙台の人はいいな~」とうらやましく思ってました。ところが・・・


関西方面のゆづファンの皆様・・・・ 朗報です!!

「羽生結弦 氷上の飛翔展」、大阪でも開催されます!!



ヒルトンプラザウエスト10周年記念企画 「羽生結弦 氷上の飛翔展」   サイトはこちら
日時 : 平成26年11月12日(水)~18日(火)
場所 : ヒルトンプラザイースト1Fアトリウム



氷上の飛翔展 大阪

          
            羽生結弦 氷上の飛翔展

↑ こちらは仙台空港開催のポスター。能登さんの撮る結弦くんの写真はいいですね~♪


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2014/10/23 10:45 | フィギュアスケート(2014-2015)COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

羽生結弦選手についての萌え語り Part.26 ~最近の気になる情報まとめ その2~

「最近の気になる情報まとめ」その2にいきます。

まず、オーサーのインタビュー記事から → Orser coming home to Autumn Classic

この記事を翻訳してくださったブロガーさんがいました。cocoさんです。cocoさんのブログはこちら
cocoさんの翻訳から、オーサーが結弦くんについて語っている部分のみ、抜粋させていただきます。
cocoさん、素晴らしい翻訳、ありがとうございます。

オーサーによると、彼は新しいプログラムをふたつ作っており、あれほど美しいものは、これまでの人生で見たことがないという。(言っておくが、彼はかなり多くのプログラムを目にしてきている)

羽生は腰痛で今シーズン序盤は休養をとっている。1週間前のフィンランディア杯を欠場したのだ。オーサーによると、どちらかというと、予防措置だという。「安全策だよ。あまり焦りたくないからね。ここぞというときに最高のコンディションでいられるようにしたいんだ」

羽生はこの夏、オリンピック・チャンピオンとして多くの責務を果たしてきた。もう少し休養が必要だったと、オーサーは考えている。彼はすべてを引き受け、多くのアイスショーに出演した。しかも、日本でのアイスショーでは、無茶でクレイジーなコンビネーション・ジャンプもやってのけた。「日本のアイスショーでは、スケーターたちがみんな、順番に出ていって、技を見せ合うんだよ」とオーサー。

そして、羽生は挑戦に尻込みするタイプではない。「彼はほんとうに意欲にあふれていて、熱心で、その熱意を瓶に詰めてとっておきたいくらいだ」とオーサー。

この夏、羽生はトロントに2、3週間しか滞在できなかったが、いまは3週間前からトロントで練習している。今回初めて、シェイ=リーン・ボーンが羽生の振り付けを担当した。フリープログラムだ。曲目は『オペラ座の怪人』で、その曲なら多くのスケーターがさんざん滑ってきたじゃないかと思うかもしれないが、しかし、それはボーンの振り付けではない。

5月にオーサーがこのプログラムの骨格を初めて見たとき、鳥肌は立たなかったそうだ。しかし、約ひと月前、羽生がボーンとふたたび合流し、集中して取り組んだとき、そこで生み出されたものに驚いたという。「信じられないほどすばらしかった。シェイ=リーン・ボーンのすべてが注ぎ込まれたプログラムに仕上がっていた」

羽生は遠慮がちで、新しく組む相手にはなかなか打ち解けないという。しかし、あるとき、羽生はボーンを信頼し、気を許すようになった。それが功を奏したのだ。

ショート・プログラムは、ジェフリー・バトルが振り付けを担当し、曲目はショパンのバラード1番を選んだ。バトルはその曲をオーサーに送り、オーサーはそれを気に入った。「いいね。だが、羽生を説得する必要がある」とオーサーはバトルに言った。

しかし、羽生もその曲が気に入った。このプログラムも、いかにもバトルらしい振り付けだ。冒頭の14秒間、羽生は目を閉じたまま、たたずんでいる。やがて彼の目が開くと、「始まりだ」とオーサーは言う。

中国杯とNHK杯では、羽生マジックに注目だ。ナムと羽生はともに中国杯に出場する。この秋は、カナダでオーサーの姿を見かけることは少ないかもしれない。グランプリシリーズ6大会のうち、5大会に同行の予定なのだから。



選手としても、プロスケーターとしても、コーチとしても・・・常に一流の道を歩んできたオーサーをして、「あれほど美しいものは、これまでの人生で見たことがない」と言わしめるプログラムとはどんなものなのでしょう。多少の親バカ(笑)が入ってるのを差し引いても、これほど最上級の賛辞の言葉を、オーサーが口にしたのを目にしたことはありません。

信じられないほどすばらしかった。シェイ=リーン・ボーンのすべてが注ぎ込まれたプログラムに仕上がっていた」・・・ボーンとの初めてのタッグで、少々不安があったのですが、どうやら、ボーンは素晴らしい作品を作ってくれたようです。テレビ報道で、断片的に流れていた映像をみるだけでも、完成されたあかつきには、ロミジュリをしのぐ、結弦くんの代表作になりそうな風格を漂わせていましたが、このオーサーの言葉で、さらに期待が膨らんできました。

フィンランディア杯欠場の原因となった腰痛についても、「予防措置」「安全策だよ。あまり焦りたくないからね。ここぞというときに最高のコンディションでいられるようにしたいんだ」 とのことなので、ホッとひと安心。中国杯で元気な姿をみせてほしいものです。上海の空気が結弦くんの喘息に影響しないか心配ではありますが、来年のワールドが上海ということを考えれば、一度経験しておいた方が対策をたてやすい・・・と前向きに考えよう(笑)


さて、もうすぐ結弦くんのファースト写真集「YUZURU」が発売されますね。それの宣伝でしょう、集英社の読書情報誌「青春と読書 2014年11月号」に「YUZURU」が取り上げられていました。センターカラー(オールカラーです!)8ページの特集で、集英社の期待のほどがわかりますね(笑)  「青春と読書」は、ジュンク堂など大型書店で無料配布しています。私はジュンク堂大阪本店で入手しました。レジカウンター横に積んでいます。他の地域はわかりませんが、大阪では、昨日(21日)入荷していました。

青春と読書1  青春と読書2


「YUZURU」は、2007年から2014年ソチ五輪後までの、7年間の成長の軌跡が収められています。
発売にあたって、その写真の一部と、スポーツライターの折山淑美さんの寄稿とで構成されていました。

寄稿のタイトルは「羽生結弦の疾走 金メダルへの道、金メダリストの決意

結弦くんの飛躍のきっかけは、グランプリファイナルだったわけですが、実はその前のフランス杯が、結弦くんに、「チャン打倒」の大きなヒントを与えたのです。フリーで4回転を2本失敗したにも関わらず、思った以上に点差が開かなかった原因を分析、チャンとの点数差を計算して、自分がどうすればチャンに追いつけるのかを考えたそうです。特に、フランス杯のチャンは完璧でしたから、研究の土台には最適だったでしょう。反対に、チャンは早々に完璧な演技をしてしまったため、それを維持しようとする意識がマイナスに働いてしまったようです。

そう、フランス杯でチャンがあまりにもパーフェクトな演技をしたために、かえって結弦くんにはっきりした目標値を与えてしまったのですね・・・。しかも、ほら、結弦くんって、氷上の計算機だし(笑) 今年のワールドでSPの四回転失敗したときも、残りの要素の点数を計算しながら滑っていたとか言われていますよね・・・。う~ん、リンクメイトのハビくんに、結弦くんの計算能力の半分でもあれば・・・いや、それはあえていうまい(笑)

掲載された写真の一部もとっても素敵でした。24日発売の写真集、本当に楽しみです♪

「最近の気になる情報まとめ」は、もう少し続きます。残りは「その3」で。


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2014/10/22 12:15 | フィギュアスケート(2014-2015)COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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