ゆづとエッジ研磨師・吉田年伸さんの絆

ベースボールマガジン社WEBに、こんな興味深い記事が掲載されていました。
文章は、ベースボールマガジン社の「フィギュアスケートマガジン」で、結弦くんのインタビューを、一字一句忠実に全文書き起こしてくださっている山口真一さんです。


羽生結弦のエッジ研磨技術者、吉田年伸さんに会ってきた(2017.7.22 山口真一)

 2016-2017シーズンに『フィギュアスケート・マガジン』は5冊を発行したが、読者の皆さんからいただいたご意見・感想でもっとも反響が大きかったのが、9月下旬発売の「プレシーズン号」に掲載した吉田年伸さんの記事だった。吉田さんは羽生結弦のスケート靴のエッジ部分(金属の刃)を研磨している技術者で、ジャンプ、スピンなど羽生の高度な技術を、表に見えないところで支えている人だ。

 私はフィギュアスケートの他にも『アイスホッケー・マガジン』(8月下旬発売)を担当していて、7月中旬、青森・八戸で活動しているトップチーム「東北フリーブレイズ」の取材に行った際、同チームのエキップメント・マネジャーを務める吉田さんに「もし時間があるようでしたら情報交換をする時間はありませんか」、単刀直入にいうと「1杯やりませんか」と連絡をし、吉田さんも「ぜひ!」ということで情報交換会という名の飲み会が実現した。

 吉田さんとは主にアイスホッケーの現場で顔を合わせるが、こうしてじっくりと話をするのは1年ぶり。1年前には八戸で有名なお蕎麦屋さんで2時間ほど話を聞き、それがやがてプレシーズン号の『尽きせぬ思い』という記事につながっていった。「あれからもう1年経ったんですね」と吉田さん。「ブログにちょこっと書くかもしれませんが、今日はレコーダーもカメラもノートも持ってきていません。取材抜きで楽しみましょう」と私。まずはビールで乾杯、そこからは吉田さんも私も元アイスホッケー選手ということで、チームのこと、リーグのこと、防具のことと話が尽きなかった。

 ただ不思議なことに、アイスホッケーの話をしていても、なぜか話題は羽生結弦のことになっていた。2時間半の酒席のうち、おそらく1時間42分くらいは羽生の話をしていた気がする。吉田さんは単にエッジ研磨を担当しているだけでなく、羽生の相談相手でもある。しかも奥さんは仙台時代の羽生を指導していた阿部奈々美先生。話がとてもリアルで、かつ興味深いものばかりだった。
「羽生が僕に研磨のリクエストをしてくるメールが可愛いんですよね」と吉田さん。文面からは、彼が本当に信頼を寄せていることが伝わってくる。もちろん、話は奈々美先生のことにも及んだ。羽生が奈々美先生に会うと「僕、今、こんなことやってるんですよ」と子供のように話しかけてくること。それを聞いて、国別対抗のエキシビション前に4回転ルッツを跳んでいたのは、奈々美先生に見せるためだったのかな――という気もした。吉田さんはスケートの技術者になる前はバンドマンだっただけに音楽への造詣も深いが、奈々美先生とともに『ヴァーティゴ』の振り付けを考えた時の話も面白かった。「あの腰の振りは僕がアイデアを出したんですが、最初はものすごく評判悪くてですね!」。思わず大根サラダを口から吹き出しそうになった。

 それ以外にも、笑える話、「羽生にもそんな一面があるのか」という話、ちょっと重い話と、あっという間に時間が過ぎた。取材抜きという席だったので、そこでの話を紹介するのははばかられるが、羽生結弦は、男である私たちの目から見ても、知れば知るほどより興味をかき立てられるスケーターだということをあらためて感じた。さらにいえば、奈々美先生にも同様のことがいえる。「そうだ、次は奈々美と3人で飲みましょう」と吉田さん。吉田年伸という技術者、阿部奈々美という指導者、そして羽生結弦というアスリート。3人に対する尊敬が深まった、忘れられない夜になった。



山口さんのいう「プレシーズン号」というのは、この号のことですね。

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私もこの号はもっています。吉田さんの記事はとても読み応えのあるものでした。

吉田さんは、結弦くんの元コーチである阿部さんのご主人です。結弦くんが阿部コーチの元を離れたとき、吉田さんは、「俺はもう二度と結弦の靴を研ぐことはないんだろうな」と思ったそうです。でも、ふとした瞬間に結弦くんのことが頭をよぎり、「注文の細かい結弦を理解して、それを実現してくれる技術者と出会うのは難しいだろうな」と心配もしていた。ところが、結弦くんがカナダに旅立って3か月ほどたったときに、吉田さんの元に、結弦くんから「吉田さんに研磨をしてほしい」というメッセージが届いたのです。

吉田さんは、「結弦からこんなメッセージがきた」と阿部コーチに打ち明けました。吉田さんは「そんな依頼は断ってほしい」と、そういう答えが返ってくるだろうと思っていた。でも、阿部コーチは、吉田さんに「受けてあげて」と答えたそうです。

結弦くんと阿部コーチの師弟関係の解消・・・想像ですが、おそらく100%円満に・・・というわけではなかったのだろうと思います。子供の頃から手塩にかけて、ようやくワールドメダルをとれるところまで育てあげた愛弟子を手離したいコーチなどいません。あまり信ぴょう性はないですが、城田さんが、阿部コーチから強引にさらっていって、城田さんと阿部コーチの間にかなり修羅場(?)があった・・・などと書いていた女性週刊誌もありました。真実はわかりません。山口さんも書いていますが、「経緯については、おそらく、すべてがつまびらかになることはない」でしょう。けれども、どんな事情があったにせよ、自分の手元から離れても、阿部コーチにとって、結弦くんは可愛い愛弟子のままだったのだと思います。阿部コーチも、その当時は悲しい想いをしたと思います。でも、結弦くんがオリンピックで金メダルをとるほどのスケーターに成長したことで報われたのではないでしょうか。

取材の最後に、吉田さんはこうおっしゃったそうです。
僕も奈々美も、結弦のことがかわいいし、愛しています。その気持ちは、彼が仙台にいところと今とで、まったく変わらない

どんなに距離が離れても、変わらない愛情と今も続く絆・・・彼をとりまく人達は、本当に優しい人ばかりだなと嬉しくなりました。

最後に、結弦くんと吉田さんの動画です。ツイよりお借りします。
吉田さん、いつまでもお元気で、ずっと結弦くんのエッジを研きつづけてくださいね♪




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テーマ : フィギュアスケート - ジャンル : スポーツ

2017/07/25 08:10 | アーチスト・裏方・メディアCOMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

吉田さんに関する記事

こんばんは

私も吉田さんに関する記事が載っていたので、プレシーズン号を買いましたよ!もう読んでいて涙が止まりませんでした。

阿部先生の方はもう(羽生君について)メディアで語らないと決めておられるようですね。普通なら、ソチで金メダルを獲った時、元コーチとして何かコメントされるでしょう。
その代わりと言ったらなんですが、ご主人の方が発信して下さるので、今も変わらぬ羽生君とご夫妻の深い心の結びつきを知ることができ、大変嬉しく思いました。

コーチ変更の時、男性週刊誌でもセンセーショナルに取り上げられていました。週刊新○だったと記憶していますが、お母様が海外のコーチにも指導してほしかったのに、阿部先生と方針が合わず、懇意だった城田さんにお願いしたところ、やり方が強引過ぎて揉め、宮城県連か何かの人が責任を取って辞任したという話が書かれていました。
真相は不明ですが、とにかく阿部先生にとっては生木を裂かれるような感じだったのかな、と。

花は咲く、とかショーのフィナーレ等の振付の時に阿部先生と羽生君が一緒にいるのを見るとホッとします。

No:7073 2017/07/25 22:59 | あお #Q3cyE8.I URL [ 編集 ]

子弟関係

コーチを変えるのは、色々あって、大変と思います。
ここまで、育てあげ、世界選手権3位になり、これからというとき、カナダ行きになり。
特に、海外に行くのは、言葉の問題もあるし、羽生選手は、最初は、行きたくなかったでしょう。お母様が、一緒だったので、心強かったですね。

今、これだけの大活躍、カナダへ行って正解でした。
クリケットクラブは、世界でも、有能なスケーターの集まりですから。コーチも、素晴らしいし、たくさんの刺激も受けます。

今でも、アイスショーとかで、阿部コーチと一緒の時は、羽生選手も嬉しそうですよね。

これ、こじれた別れ方だと、そうは、いかない。
ご主人が、スケート靴を、研磨する方とは、初めて知りました。
羽生選手は、阿部コーチ夫妻には、感謝しても、しきれないと思います。

No:7074 2017/07/26 09:58 | ミッチー #cRqIULZ2 URL [ 編集 ]

あお 様

あおさん、こんにちは。

>阿部先生にとっては生木を裂かれるような感じだったのかな

ローリーが、パトリック・チャンが振付師を自分からウィルソンに変えたとき、すごくショックだったとか。そのウィルソンも、結弦くんの振付が、自分からシェイリーンに変わって多少複雑な思いがあるようなので(この変更は、結弦くんではなくオーサーの方針ですが)、振付師でさえそうなら、阿部コーチのショックは相当なものだったと造像できます。
でも、そのショック以上に、ご夫妻の結弦くんへの愛情が勝っていたのだと思います。だって、結弦くんみたいな子、嫌いになれるわけないもの。

>阿部先生と羽生君が一緒にいるのを見るとホッとします

結弦くんて、菊池さんもそうですが、昔から自分を可愛がってくれていた人には絶対的な信頼を寄せますよね。愛情と信頼の自然なキャッチボールができていて、素晴らしいことだなと思います。

コメント、どうもありがとう♪

No:7075 2017/07/26 14:01 | みずほ #o/PXu/q6 URL [ 編集 ]

ミッチー 様

ミッチーさん、こんにちは。

>これだけの大活躍、カナダへ行って正解でした

結弦くん自身も「カナダにいってよかった」と言っています。
阿部さんは優秀なコーチですが、あのままリンク環境の悪い仙台にいたとしたら、「オリンピックチャンピオン・羽生結弦」の誕生は難しかったと思います。

海外拠点にしたからといって成功する選手ばかりではありません。合わずに日本に帰ってくる選手もいる。もし、結弦くんがカナダに行って成績が落ちていたとしたら、阿部コーチはもっとつらい思いをしたことでしょう。でも、結弦くんの成功で、当時の悲しみが報われたのではないでしょうか。

オーサーも阿部コーチには感謝しています。「結弦はクリケットにきたとき、ジャンプに変な癖が全然なかった。彼を指導した過去のコーチたちに感謝している」と言っていました。阿部さんもオーサーも人間的にも素晴らしい人です。結弦くんはよい人の縁に恵まれていると思います。

コメント、どうもありがとう♪

No:7076 2017/07/26 14:26 | みずほ #o/PXu/q6 URL [ 編集 ]

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