「僕が羽生結弦選手を撮り続ける理由」~WC2012振り返り その6

2012年のニースワールドの振り返り記事です。

以前に5回まで振り返り記事をUPしてました。

WC2012振り返り その1

WC2012振り返り その2

WC2012振り返り その3

WC2012振り返り その4

WC2012振り返り その5


ヘルシンキと同じくUPし忘れていた下書きがありました。朝日新聞の遠藤カメラマンがニースの振り返り記事を書いてくださったので、放置してた下書と一緒にUPすることにしました。

遠藤さんの記事は有料記事なので、有料会員でない場合は途中までしか読めませんが、数々の未公開写真は見ることができます。



エピソード、ある程度出揃ったら、まとめ記事にします。楽しみです。



ずっと親戚のおじさんのように見守り続けてくれている能登さん。



NHK仙台放送局スポーツキャスターの藤原由佳さんのコラムがありました。
ロミジュリについての下りを抜粋します。

震災後には「ロミオとジュリエット」(フリー)を演じましたよね。仙台時代の羽生選手は、どちらかというとクラシックの王道の曲が多かった印象があるのですが、あのプログラムは違っていました。

当時、奈々美先生が話していたのですが、仙台のリンクが震災で使えなくなり「アウェー」のリンクを転々とするようになって、羽生選手はいつも「ごめんなさい」「貸してください」「ありがとうございます」と、後ろめたい気持ちで全国を回っていたそうです。自分の思い通りの練習はできないし、もともと線が細くて体力に不安があるのに滑り込みもできない。自分への不安も大きかったはずです。そういう日々の中で、いろんな感情がうごめいてマグマのようにたまっていたものを吐き出す曲。「今、ゆづには感情をぶつけるプログラムに挑戦してほしい。だからロミオとジュリエットを選んだ」と奈々美先生は言っていました。

振り付けの最後は、確か八戸までバスで行っていましたが、奈々美先生は「いろんな思いを抱えている彼が表現者として一つ、二つ大きくなるチャンスなんだ」「すごく苦しんでいるけど、彼は絶対にこのチャンスを無駄にしない」と言っていました。そして、そのために定番のクラシックではなく、ストーリー性のあるものにするんだと。

奈々美先生は、彼のスケート、心の成長を見守ってきた人です。その奈々美先生が「ロミオとジュリエット」を彼にぶつけた。最初は体力が足りずに「通し」ができなくて、途中で投げ出してしまったり、感情移入どころか1本滑りきれないという状態から、少ない練習時間の中で何ができるかという時間の使い方も学んでいった。壁を与えると、喜んでそれを乗り越えようとする選手だと奈々美先生は言っていました。

ロミジュリは、フィギュアスケートファンの人にとっては特別な曲です。震災が羽生選手とそのプログラムが巡り合うきっかけになったわけですが、彼が「選手」から「表現者」に変わっていく大事な時期でもあったんじゃないかと思います。



良記事。まだ読んでない人はぜひ。


会場の歓声が一番大きかったのはロミジュリだったそう。



当時の臨場感そのままに。



しかし、今ではありえないような衣装の扱い。今や特注のトルソーだものね。


WC2012FSendo


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2021/03/21 08:35 | 世界選手権COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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